【艦これ】私が生まれて来た意味

艦隊これくしょん艦これ~』をご存じですか?

 

艦これ』とはプレイヤーが『提督』となり、第二次世界大戦中に活躍した日本海軍の艦艇を擬人化した『艦娘』を収集、育成、強化し、艦隊で任務をこなす―ようは艦隊育成シミュレーションのネットゲームです。

はじめて『艦これ』のことを教えてもらった時、フネを擬人化するって意味がわかんない、と思っていました。『艦娘』って何??エロゲ―なの??と。

プレイヤーの増加に鎮守府(ゲーム内での各サーバの意味)の増設が間に合わなくなってきたのが2013年の6月頃だったと思います。

人気ありすぎで、なかなかアカウントが取得できない。ヤフオクに育成なしの生アカウントがゴロゴロとしていました。

私は3日待って(2回アカウント申請が蹴られると次で必ずログインできる。今はどうかわかりませんが)、ラバウル基地へ着任できました。

今でこそネットゲームでは有名なタイトルになりましたが、普段ゲームに興味がない方々にとって、たかがゲームにワサワサ騒いで気持ち悪いのも十分承知しています。

その上で、『艦これ』の看板娘『島風』のことを書きたいと、いえ、知ってほしいなぁと思って、ゲーム内での彼女の扱われ方と、史実でのありよう(駆逐艦島風とは大日本帝国海軍に所属していた島風駆逐艦一番艦島風)を記していきます。

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艦これ』の『島風』は自分のスピードにこだわりを持つ明るい女の子で、傍らには『連装砲ちゃん』なる謎の生き物(?)が常に寄り添っています。

次世代の駆逐艦を目指し『より速く』をコンセプトに設計された史実を反映して、ゲーム内の性能は駆逐艦というカテゴリーを逸脱して強い駒(ユニット)です。

ドロップ(入手)の第一声が・・・あっ このゲームしゃべります。

駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風のごとし、です!」

とまぁ強気なんですよ。

自己主張がとても強く、ひとりでつっ走り、鈍足な他の艦娘ディスるので皆から嫌われています。

他の艦娘と連携行動しづらく、戦略上、速さ以外に取り柄がない、速さだけが命の娘として描かれます。小学校に、こういうぼっちのコいなかったですか?

しかし、そんなことよりも重要なのはそのデザイン。

ウサミミのような大きいカチューシャ、へそだし袖なしセーラー服、短すぎる上に鼠蹊部丸出しローライズのプリーツスカートに見せTバック、赤白の縞ニーソと、変態うけのよいシンボルで構成されています。しかも中破時にはさらにすごいことになってしまいます。

イタイ娘ですね。

島風』は新参ホイホイと呼ばれるくらいに『艦これ』新規ユーザーの誘い込みをします。

ぱっと見のデザインが優秀なんでしょう。

ですがゲームをプレイしているうちに「あれ、こいつ、イタイイタイ」と、提督が他の艦娘に離れってしまう残念な娘なのです・・・。

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史実では、高速重雷装の最新型・島風駆逐艦一番艦が島風であります。

日本海軍に対してアメリカが高速駆逐艦を設計しているという噂があり、これに対抗すべく当時最新のタービンを搭載し、最高速度40ノット強という、とてつもない速度を出せるフネとして、1941(昭和16)年に起工しました。

島風のコンセプトは高性能かつ重雷装であり、そのため高コストです。

計画では同型艦を16隻建造する予定でしたが、太平洋戦争開始後の戦術の変更(航空機による爆撃。真珠湾攻撃で戦闘機が戦艦を沈められることができると日本が世界に示してしまった)に伴い、オンリーワンの駆逐艦となります。(ぼっち)

量産が見送られたことで、技術の粋を集めた自慢のタービンは生産性が悪く、予備もありません。騙し騙しの使用で修理は困難だったそうです。

ゲーム内で『島風』が修理のときに「タービン周りも整備したい!」と言うのはこのことを皮肉っています。

武装としても島風のために開発された零式五連装上発射管を装備しています。

次世代駆逐艦のモデルシップとして、まさに花よ蝶よと育てられた海軍の秘蔵っ娘が、『世界でたった一つフネ』島風なのです。

 

島風が生まれ故郷の舞鶴を発ち、戦場に出られるようになったのは1943(昭和18年5月)。

既にガダルカナルの戦いは終わり、駆逐艦の仕事も華々しい水雷戦ではなく地道な護衛任務が主体になろうとしていた時期でした。

駆逐艦4隻で運用するのが基本だった海軍では、1隻だけ40ノットの島風は艦隊行動が取りにくく敬遠されています。そのうえ空母機動艦隊による戦術が確立したので、重雷装もさほど重要ではなくなってしまいました。

進水したばかりの島風はテストもほどほどに北海の孤島・キスカに向かいます。

最新駆逐艦である島風の号対水上電探・3号超短波受信機(レーダー)に期待をかけての指名であり、設計時に期待されていた『高性能・高速度』という、唯一無二のコンセプトかつアイデンティティーは作戦に求められていませんでした。

では、ありますが、作戦は見事に大成功!

まったく無傷(!!)で5000名(!!!)を超える陸軍兵の奇跡の救出に大成功しました。

島風はようやくキスカの撤退作戦の成功で、初めて、生まれてきたことを歓迎されます。(よかったね。ぜかまし)

そして、キスカ撤退作戦の後、島風は第二水雷戦隊への配属が正式に決まります。

最前線で敵軍と丁々発止に渡り合うことを期待されますが……またも、そこに島風の居場所はありませんでした。

チームプレイが特に重視される水雷戦において、一人だけ飛び抜けた機動性は長所でもなんでもないのです。どこの駆逐隊にも入れてもらえず単独で過ごします。

そもそも島風がどこかの駆逐隊に迎えられていたとしても、空母機動艦隊による戦術が確立したゆえ、本来の舞台である水雷戦が発生する見込みはもはや無かったのです。

空と海中の脅威に立ち向かうフネとして最速の駆逐艦島風は「時代のスピードに遅すぎた」のでした。

その後、数々の護衛任務に付く間も、戦況は刻一刻と悪化していきます。

レイテ沖海戦では沈みゆく戦艦武蔵の乗員を救出したりもしていました。

なお、このレイテ沖海戦で轟沈した軽巡能代に代わって、島風が第二水雷戦隊の「旗艦」となります。

 

そんな島風の最期は1944(昭和19)年11月11日のこと。

輸送船の護衛中に狭い湾内で敵戦闘機に襲われます。

島風は、その自慢の速力を活かし爆撃、爆雷、魚雷すべてを回避(回避!!!)しました。

私が私であること、を証明したエピソードだと思います。

しかし機銃掃射(マシンガン)で蜂の巣にされ、応急修理も追いつかず、無理な緊急回避の機動とタービン周りの整備不良により、蒸気が噴出し速度が出せなくなってしまいます。

後部付近の爆発、航行不能ののち、乗員430名とともに轟沈という壮絶なものでした。

 

駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風のごとし、です!」

第一声の、この台詞がこころにひっかかって、しょうがないのです。

私が生まれて来た意味―『島風』でした。

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