『愛することは、たたかうこと』アトム~ロックマン~ベイマックスの系譜

ブログの連続更新を意識してきましたが、ここ数日諸事情により断念しました。記事作成の時間をつくるって、なかなかに難しいですね。

でも、当ブログはアクセス数の加減に神経をさかなくてもいいのが救いです。もしアフェリサイトだったら1日に2~3度の更新が必須になってくるでしょう。「商品レビューをします」とブログ紹介をしていますが、実際には著作権にひっかからずに、アマゾンの商品画像を添付したいだけですからね。

金銭的な目標をもたなくてもよい。だから、思想的に自由に、好きなように記事を書ける。そこに発生する価値はアフェリサイトにはない。(説教くさい。やばい)アフェリエイトで儲けたいと思っている方は、こちら側にくれば経済の見方が変わるかもよ?なのです。

で、本題。

『愛することは、たたかうこと』アニメ・ゲームロボット編です。

大雑把にロボというと、ガンダムエヴァアシモですらカテゴリーにはいってしまうので条件として、人間の居住環境で活動でき、自律型かつ意思をもち、そして重要なポイントとして、改造後兵器として機能するロボットとしました。

「ロボットと言えば~」というスレッドが立つと世代間で大きなずれが発生するように、子供時代に何の創作物を見たのかで『ロボット原体験』が人によって変わります。ですので、名前の通っているアトム、ロックマン(無印)、ベイマックスを選択しています。

アトム 鉄腕アトム - Wikipedia

ロックマン ロックマンシリーズ - Wikipedia

ベイマックス ベイマックス - Wikipedia

これら3体のロボットに共通するのは、『製造者が本来、そのロボに込めた優しい願いは戦うことでしか守れない。だから強くあれ』です。

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アトムは天才科学者・天馬博士が事故で亡くなった息子の影を追いかけて、姿かたちを似せてつくった人形です。感情を持つことから情操教育ようロボットとして人間社会で活動しますが、『死』の機能をもたない不完全な感情をであることにアトムが気付き、周りの人間との関係に悩みます。

天馬博士の「息子よ、まだ生きていて欲しい」という不老不死の願いが、人間と同じ喜びや悲しみを根本的には理解できないアトムの苦悩を生み出している。とwikiには書かれています。

はたして、そうかな?人は他人を完全には理解できないし、結婚して何十年と連れ添った夫婦ですら例外ではないと思う。「この人のことは分かっている」と本人が思い込んでいるだけにすぎない。はなしがそれた。

アトムは人間を理解するため一時的に『恐怖(死)』の感情を取り込みますが、敵と対峙すると、その恐ろしさから動けなくなってしまいます。(後に『恐怖』機能は除去)

人を理解しようとすれば、アトムのロボットとしての優位性は失われてしまいます。

ゆえに天馬博士がアトムに託した「生きていてほしい」という願いは、他人を理解できない苦悩とたたかうロボットを生み出しました。

鉄腕アトムのストーリー中には多くの敵が登場しますが、アトムが本当に戦っているのは不完全な自分自身そのものだと思います。さすが漫画の神様。普遍性のあるテーマをうまくキャラクターのなかに落とし込んでいらっしゃいます。

アトムは人間を愛するゆえ、自身の存在と戦っていたと考察します。

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ロックマン(エグゼじゃないよ)。

カプコンから発売されたファミコンソフトでアクションゲームです。

主人公ロックマンは、もとは天才科学者ドクターライトの「お手伝いロボット」でしたが、悪の科学者ドクターワイリーの反乱を止めるため、戦闘用ロボットに改造されました。

反乱ロボットが闊歩するステージからゲームは始まりますが、ストーリー上お手伝いロボットから、世界最高峰の兵器に生まれ変わる『あつい』設定は見逃せません。

前半8ステージあり、倒したボス(ロボット)の武器をインストールして使えるようになり、子供の変身願望を満たしてくれます。

とはいえ、これはゲームだから許される演出だと思います。なんせやっていることは、自分の同類を破壊し、奪い、その能力をもって新たに破壊するの繰り返しだからです。

私は、イイ大人なので、現実と空想の区別はつきますし、ゲームは子供に悪影響を与えるから規制しとりあげろ!なんてことはいいません。親がしっかりしていば、子供は健やかに育つのをしっているからね。

ロックマン(無印)のすごいところは、アトムの苦しんでいた『人間を理解したいけど、できない』からくる精神的不安定さを持っていないことです。

敵キャラは、ドクターワイリーを除き全てロボットですが、ロックマンもロボットなのです。

感情をもつ人工知能で有るならば、同族殺しを人間に命じられている自覚はあるでしょう。なぜ人間をうらまない?

答えは、アトムより精神年齢が高いからと推測されます。人間は理解不能の生き物だ、しかし自分は人間のつくった社会のなかでしか活動できない。

(語弊があるので注釈。ロボットだけの社会を目指すのであれば人類を皆殺しにすればすむことです。ターミネーターに登場するスカイネットとか。でもそうしないのは、ロボットという人間の道具の延長線たる、わたしの存在意義を守るため。存在理由が無くなってしまうのは機械にとって『死』という哲学を理解している)

アトムの精神が成熟した状態がロックマンと考えられます。

ちなみに、ヘルメットをかぶっていないロックマンはアトムに激似です。

お手伝いロボから、戦闘用ロボへの改造に抵抗感がほぼ感じられないのは、社会との関わり合いに前向きで、自身の出自と役割を肯定できるロボットだからと言えそうです。

ガキは社会をうらむ、反発するしかできないのと同じかな。オトナになると、周りとうまくやる方法を身につける(じゃないと、世の中がキツくて仕方ありませんがな)、そういう社会性をロックマンから感じとれます。

ロックマンが戦っている理由は、自分の存在理由を守る、自己愛だと思います。

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ベイマックス。

いやー未知数。映画公開は10日後なので、予告動画からの推測の部分がおおきいのですが、私はベイマックスをこう呼んでいます。

「先祖がえり+α」

鉄拳のパラパラ漫画、ディズニー公式予告、そして映画のネタばれサイトを縦断し、ベイマックスを解析すると、どうやらロボアニメとしては先祖がえりをしているようなのです。古典です。はははは。王道を行って、泣かせてくれることまちがいなしだと思いますよ。

私が注目したところは、ストーリー以外にあります。

ベイマックスのデティールで特筆すべき点は、『関節が表面上見えない』ことです。着ぐるみか、君は?>風船です

日本ならともかく、海外のロボの特徴はメカニカルな関節がそれらしく動く機械的なデザインにあると思います。ベイマックスにはそれがない。アメリカ人のセンスとは違う、異質だ。この部分がアルファです。

ピクサーに押されていたころのディズニーがロボットものをつくったら、ファイアボールドロッセルようなデザインになったでしょう。

しかし、丸みをおび、柔らかく、だらしないベイマックスは一周して新しさを感じさせます。

昔はリアリティを出したくても制作技術の限界で関節を見せないつくりになっていました。技術の発展とともに可動するメカニカルな表現が可能になり、ロボットの関節の動きを見せることでリアルさと同じ評価をうけるのが昨今の映像業界です。

ベイマックスでは、その関節を『見せない』ことで新しいロボ表現に挑戦している。よくやった。

デザインのはなしは終わりで、アトム、ロックマンからつながる『愛』をどこに向けて戦っているのか?

主人公の少年・ヒロのためだけ、です。

人間でも、自己でもなくたったひとりの個人に向けています。(おそらく)

ディズニーさんはやっぱりうまいですね。なんせ王道ですからっ。

ベイマックスはロボットの記号をあたえられた、不変の愛を擬人化したものと考察します。

船を擬人化した『艦これ』の上をゆく、『愛』という概念を擬人化するとこうなりますよ。という見本です。

以上がアトム~ロックマン~ベイマックス『愛』の系譜になります。

あっ。大事なことを書き忘れていました。

この考察の半分くらいは私の妄想がはいっています。公式設定とくいちがってても許してね。

ご閲覧ありがとうございました。