演出論的【艦これ】の見方①ブラウザ編《画面構成》

知っていると、【艦これ】オタクと互角にやり合える『艦これ演出論』について述べていきますっ。【艦これ】のゲームを全く知らない人でも、ついてこれるように攻略ネタ、建造・開発レシピ、イベント関係は抜きです。頑張ります。

ゲーム概要とか 

艦隊これくしょん -艦これ- - Wikipedia

「艦隊これくしょん〜艦これ〜」 DMMオンラインゲーム公式ページ

アニメ「艦隊これくしょん -艦これ-」公式サイト

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リエーターさんが、どのくらい演出にこだわったのかは未知数ですが、艦これには『今の時代だから許される見せ方』が随所にみられます。もし仮に10年早く艦これがデビューしていたら、オタク文化の進化が追いついておらず、大ヒットすることは難しかったでしょう。(東方、Fate/stay night全盛期)

ここからしばらく、演出文法と文化の成熟、そしてヒットして儲けを出すまでの流れを書いていきますので、お金に執着しない方は読み飛ばしてください。

《大ヒット商品をつくるにはオタク文化の進化が必要です。》

これは艦これに限らず秋葉系コンテンツは、現在進行形で演出文法の吸収と拡張をおこなっているという仮説をもとにしています。

逆に、なぜ伝統文化が伸び悩んでいるのか。多くの若い人を引き付けられないのか。と言い換えた方が分かりやすいと思います。

それは、『成長しきっていて伸びしろがない』からです。例えば茶道。約400年の研さんを経て完成の域に到達しているので、文化としては安定していますが、経済範囲としては新規を拒むという特徴があります。

10年先、20年先でも所作がそう変わることはないでしょう。良いことだと思います。しかし、特大の利益を短期で生み出すことはできません。

オタク文化は未完成です。漫画、アニメ、ゲームの歴史は戦後、いや最近できたばかりです。これらにインターネットが加わり、表現する方法が模索され続けています。ゆえに秋葉を中心とするオタク文化は常に進化しています。

その変化は少しずつ変わっていくというのではなく、水面下の変化がじんわりと進み、ある時期に急激に表に出てきます。これが大ヒット商品です。

では水面下ではどのような変化が起きているのかと言うと二つあります。ヒットする『要素』のふるいがけと、演出文法の吸収・拡張です。

今回は、演出論的【艦これ】の見方ブラウザ編ですので、演出文法の吸収と拡張を主題にしていきます。ヒットする『要素』はまたの機会に。

商業的に大成功するには、ユーザーの成長を待つことが不可欠になります。送り手側(メーカー等)がユーザーを見下しているという意味ではありません。ユーザーが欲しいものを提供していくなかで、送り手側はいつか生まれるだろうヒット商品の畑を耕し水をまく期間が必要という意味です。

オタク文化と接点のない方は、美少女やフィギュアが目立ちすぎるのでその部分だけをもって、同じ様な商品に何万円もお金をつっこむオタクを『理解できない人』と思うでしょう。

でも似たりよったりの商品に多大な金銭を払う奇行は、自身が趣味やファッションにお金をかけることと置き換えて考えると、多少理解できるかと思います。

同じ様であっても、少しちがう商品はユーザーに受け入れられたり拒否されたりするのも同じです。そして、よりよい商品デザインだけが生き残っていきます。それら優れたデザインに共通する記号を繰り返すことによって、特定の分野の人たちだけが理解できる共通認識が編み出されていきます。

オタクと、オタクを『理解できない人』は互いにこの共通認識を持ち合わせず、近づこうともしないので不理解の溝が埋まることはありません。

オタク文化を育てていくというのは、送り手(メーカー等)とユーザーであるオタクがこの溝を埋めていく作業です。お互いに理解しようとしないものどうしではないので、オタクと興味のない人との断絶した関係のように、送り手とユーザーは離反しませんが、それでも共通認識を得るまでに時間がかかります。

演出文法の吸収と拡張はオタク文化の成長期間にあたり、この時期尚早に出たコンテンツはヒットに結びつきません。もしくは、後に続くコンテンツの下敷きにされることが多く、商業的な大成功は難しくあります。(文化的価値と商業的価値はべつのもの)

この潜伏した成長期間のあいだ、コンテンツがユーザーの選別をうけヒットする『要素』を持ったものだけが生き残ります。また、ユーザーからの反応の良い『要素』を集めるようにコンテンツも特化していきます。

そうした、この期間につくられる共通認識が後から出てくる大ヒット商品の骨格であり、『演出文法の吸収と拡張』の系譜でもあります。

成長期間中、ユーザーと送り手側がお互いに「ここまでやっていい?」と「何これ意味わからない」の線引きをします。これにより共通認識の確立が行われます。

共通認識がなければ、そのコンテンツの魅力は伝わりません。ちんぷんかんぷんです。男女間でかけひきをして、暗黙の了解、細かいルールを作っている時期というと分かりやすいでしょうか。その細かいルールが演出文法であります。

また他のメディアからの影響を受け変化していくこともあります。

そうした期間を経て、送り手とユーザーの意思疎通のパスが通り、コンテンツを楽しむ為の双方向の暗黙の了解ができます。演出文法は、送り手が意図的にユーザーから理解を得る立派な『技術』だと私は考えます。

では具体的に演出文法とはなんぞや、という話です。

演出文法とは、演出論を起点に発生する、個人の感情を支配する言語のない語学です。当たり前ですが、言語は主語、述語などを文法にしたがって組み合わせて意味のとおる『文』を構成します。しかし、演出には文法はあっても言語はありません。その言語にあたるものは作品を分解してみないことには表に出てこず、専門外の人にはとても分かりづらいものです。

例えば音楽が国・人種の壁をいともたやすく飛び越えていくのは『言葉』をつかって、その素晴らしさを説明していないからです。外国語の歌になぜ惹かれる時があるのかの答えでもあります。

音楽を構成するリズム・テンポ・メロディはそれぞれ独立したパーツです。これらを組み合わせて音楽は演奏されます。その組み合わせをどのようにするのか?は、作曲家や指揮者の感性で千差万別です。

「~の影響を受けている音楽だ。」そのように感じるのは、作曲家や指揮者やアーティストの音楽的パーツの組み合せが、今まで聞いたことのある音楽の「文法に従っているから」といえます。

はじめて聞く音楽に衝撃を受けるのは、文法に従って構成はされているが、それを言葉で説明することができずにただ「すごい」としか言えないからなのです。だから感情にうったえるものがあるのです。

映画や映像作品は、メッセージ性・思想色が音楽より分かりやすくはあります。そのぶん、制作費用等コストの縛りや商業的価値の問題から、演出家はよくつかわれる文法を引用します。(水戸黄門や2時間ドラマのテンプレートとか)

文化は積み重ねであり、文法はそのなかでしか培われません。

文法はあるが言語はない。視聴者に言葉を見せないから、演出文法に言語はないのです。オタク文化も同様の文法があります。

では、艦これに使われている、その演出文法をこれから言葉で説明していきます。さぁたいへんだっ。

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艦これブラウザゲームを母体にした、漫画・アニメ・玩具などメディアミックス商品です。メディアミックスというと、娯楽商品の販促手法の部分だけが大きく取り上げられます。企業はお金を儲けることが第一義であり、その利益を出す方法論に経営者も投資家も注目するのは当然です。

しかし、過程なくして結果は得られません。クリエーターは、ユーザーに理解してもらえる文法を用いて作品を作らなければなりません。あまりに先鋭すぎると、現代アートのように一部のマイノリティにしか評価を得ることができなくなってしまうからです。

またゲームという商品である以上、売れることが至上命題です。ライバル企業に『差』をつけるには、いち早くユーザーの文化的成熟度を見極め、他メーカーにさきがけて発信することが重要です。艦これは、そのあたりのタイミングが他のゲームと比べ格段に優れています。

艦これブラウザゲームですのでインターネットにつながったPCのディスプレイ上で動きます。演出文法に関してはインターネットの画面を基本に、アニメ・漫画の文法を乗っけているというのがミソだと考えられます。

そして、インターネットがもつ縦と横の広がりが、メディアミックス戦略を強く後押ししています。これが【艦これ】を魅力的に見せているものだと私は思っています。 

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画面構成について

まずは艦これの戦闘画面をご覧ください。

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味方の陣が左側(上手)、敵の陣(下手)の構成になっています。艦これ第二次世界大戦時(大東亜戦争)の大日本帝国海軍をモチーフにしたゲームですので、太平洋を舞台にアジア圏(左)からアメリカ(右)へ攻める構図を取っています。

左(上手)⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒ ⇒右(下手)

地理的に左⇒右に向った方が自然というのもありますが、演出的に主人公側が上手(左)⇒下手(右)へ進むというのは『苦難に立ち向かう行為』・『攻められる側』を暗示します。

映画などの映像作品では一般に使われる手法ですので、お気に入りの作品をよーく注意して見返してみると使われているかと思います。

艦これの制作者が意図的にこの『苦難に立ち向かう行為』・『攻められる側』の構図を選んだかどうかは不明ですが、プレイヤーの心理に『不利な状況』を認識させる一つの要因になっていると考えられます。

また、プレイヤーが常に2P側に陣していることも大きな特徴です。

FC・SFCの時代から、プレイヤーが1P側か、もしくは2P側に表示されるかで二つの系譜があります。

1P側(プレイヤー)が下手(右側)で、敵が2P側に表示される。

ロールプレイングゲーム・格闘

例1:ファイナル・ファンタジーシリーズ

例2:ストリート・ファイターシリーズ

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2P側(プレイヤー)が上手(左側)で、敵が1P側に表示される。

アクション・シューティング

例1:マリオシリーズ

例2:グラディウスなど

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そもそもの話になりますが、艦これはシュミレーションゲームです。シュミレーションゲームは上記二つのパターン、どちらに属するかというと、どちらにも属しません。なぜならシュミレーションゲームにおいて戦闘画面は二次的なものであって、必ずしも必要なものではないからです。ゲーム進行上の演出です。

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ユニット(駒)による陣取り合戦、チェスや将棋では取る駒、取られる駒が指しての順で既に決まっています。駒どうしのバッティング絵は想像の中でどうぞ好きにやってください。結果は決まってますけど。というのがシュミレーションゲームです。

艦これも、突き詰めていくとこれにあてはまります。

疑問になるのは、なぜ戦闘画面があるのかです。なくてもよいものをわざわざシステムに乗っけているかの理由です。

ゲーム進行上必要がなく、ゲームの『完成度』において必要になるもの。とんちみたいですが…。

他のシュミレーションゲームにあって艦これにないものを見つけると答えがでます。なにか。艦これには明確な『ストーリー』がありません。

「いまは」後づけでストーリーがありますが、むかしは敵の深海棲艦の目的すら定かではありませんでした。謎敵。

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この謎敵を、駒だけを表示し、戦闘結果だけプレイヤーが見られるとした場合、「いったい何と戦っているのだろう」となってしまいます。襲ってくる敵の数値をゼロにするだけの『作業』でしかありません。

優れたゲームには優れた敵キャラクターが必要です。敵キャラクターをどう見せるのかでプレイヤーのモチベーションが変わってきます。

先述のとおり艦これにはストーリーがありませんでした。シュミレーションゲームだけでなく、ゲーム(創作物全体といってもいい)において戦闘数値だけの敵キャラクターには魅力がありません。目的をもって、こちら側を攻めてくるからこそ、キャラクターが立つのです。

その部分をカバーする為、艦これには敵・味方キャラクターを表示する戦闘画面が絶対必要になったと考えられます。

2P側にプレイヤーが置かれることについては3つのことが考えられます。太平洋戦争時の地理的条件にマッチさせるため。自軍が不利な状況であることを心理的に煽るため。この二つは旧来のゲームや映像作品の文法にあてはめることができます。

そして新しいのがメディアミックス戦略でウェブの文法を取り入れたためです。

艦これブラウザゲームであることに理由があります。

 

所属しているところ

コンピュータ画面には左寄せで、上から下へ文字列を表示していく基本ルールがあります。そしてブラウザゲームはインターネットゲームです。アカウントを取得して、ゲームサーバにアクセスして遊びます。

《左側(上手)の方が、右側(下手)より優先度が高い》ゆえにプレイヤーは左手に陣を構えていた方が、別のタグを開き安くなります。右下に自陣があった場合、マウスのポインタ移動が面倒です。

艦これの戦闘画面の『左上優先』は、ユーザーライクでありウェブから表示文法を吸収したものだと考えられます。

↓ここ↓

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ファイナルファンタジーに代表される、1P側が自陣の画面構成はこれからのウェブゲームでは、ユーザーが使いにくいものになって行くかもしれません。

艦これの戦闘画面は、数値を追うだけのシュミレーションゲームに特化させないようにするため必要で、かつウェブと親和性が高くなるようコンピュータの文法を取り入れてあるといえます。

大戦略ヘックス

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過程を見せない演出

~プレイヤーの想像力に委ねる~

戦闘画面に見られる特徴がもう一点あります。

プレイヤーは艦娘(駒)をもちいて敵を撃破していきますが、海の上に女の子はどうやって立っているの?という疑問に何も答えてくれません。

2015年1月からアニメの放映が始まりますが、プロモーション映像を見てみると、艦娘は海上をスケートリンクのように移動しています。アニメ化にあたって、最大の問題がこの戦闘シーンをどのように描くのかだったと思います。

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先にも述べたとおり、艦娘が海上にどのように立っているかはゲーム本編では一切触れられていませんでした。戦闘画面では、アイコンとカットインのイラスト表示のみです。

ゲーム制作者は、そのアイコンを船のカタチにすることもできたはずです。その方が船が海を渡るには自然にみえます。

でも、あえてしなかった。女の子がそのまま海の上に立つのは不自然です。しかも敵と撃ち合いをします。どのように戦闘行為をするの?という演出を、ゲーム制作者は端折りました。それはユーザーさんの頭の中で補完してね、とプレイヤー個人にまる投げしています。

その合理性のない、「女の子が平気で海の上に立つこと」が可能なのは、艦これが古いゲーム文法に則っているからだと考えられます。

おおむかし。ファミコンの貧弱な容量で世界を駆けめぐる大冒険をつくった先駆者が遺した遺産があります。プレイヤーの想像力に委ねるという手法です。

艦娘は女の子という記号と、船という記号を同時に持っていて、それら二つを合わせて一つのアイコンで表示させています。それによって、キャラクターイメージに遊びの部分をつくることが可能になりました。戦闘画面では、女の子であって船でもある重ね合わせが自然と成立します。

また、『過程を見せない演出』によって、艦娘がプレイヤーのイメージで自由に演技できる効果を得ます。

敵を攻撃はしているが、魚雷をどんなふうに撃っているかなどの細かい演技は、画面上で全部見せなくともユーザーの脳内で補完されるというわけです。ファミコンのゲームが荒いドットであるのにもかかわらず、広い世界観を見せてくれたあの感覚です。

ファミコン世代が艦これユーザー全体のどれくらいを占めるのかわかりませんが、曖昧であるがゆえに広がりをもつ、由緒正しきゲーム文法・演出がここに見られます。

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船を擬人化したとはいえ、艦娘は人のカタチをしつつも、時々元の軍艦の勇壮な姿をいったり来たりしているのが、私の中の艦娘のイメージです。皆さんはどうだったでしょうか。

しかしアニメ化されたことで、艦娘のイメージは絞られてしまうでしょう。これによって、曖昧だからこそ心地よいこの感覚が良い方向に進むか、悪い方向に進むか未知数です。

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以上、演出論的【艦これ】の見方①ブラウザ編《画面構成》でした。

ご閲覧ありがとうございましたっ。